IE9ピン留め

~3・4年生青空教室より~

 
 新年度になり、これまで担任の紀子先生と青空教室に出かけていた3年生は、私と4年生とも一緒に行くこととなりました。私にとっても新3年生の授業を受け持つのは初めて。最初の授業の日の朝、登下校見守りで迎えた豊浦駅で3年生からは、「先生どこへ行くの?」と、新しい世界に出かけるかのような期待感を感じます。
 初回の授業では学校の裏山にある町営スキー場横の雑木林へ出かけました。冬にスキー場となる牧草地を横切り、トドマツ林の中に入りました。鬱蒼とした木々の中で落ち葉を踏みしめ、朽ちた倒木をまたぎます。ホロリタケを見つけ、摘んで胞子を「パフッ」。私にとっては来慣れた林を歩いていると後ろから、次々と「楽しいなあ、楽しい」と弾む声が聞こえてきます。そして雑木林に到着。「3人の先生から見えるところより離れないで」と伝え、自由時間となりました。4年生は昨年何度か来た森ですが、3年生にとっては新鮮そのもの。すぐに、森の中を歩き回ります。ある子はつるを見つけてはぶら下がり、登りやすい木を見つけては木登り。ある子は4年生と夢中になってイタドリや木の枝でチャンバラごっこ。向こうはどうなっているのだろう。そんな好奇心で、何人かの子どもたちはあっちに行ったかと思うと今度はこっち、という風に森の中を駆け回ります。でこぼこした斜面を駆け下りる、ということすら、彼らにとっては楽しみにしてしまうようです。ツルが絡まり合って木に被さった所を見つけては「これ秘密基地!」。また、“森の国”に入った女の子たちは「王様」となった男の子と散策し、森の世界に浸っていました。
 森の中は動物たちの痕跡もそこかしこ。決まった場所にフンをする、タヌキの「タメフン」を足元で見つけました。子どもたちも、平らになった木の上に乗っかった石を除けてみるとオニグルミがどっさり。エゾリスのエサの隠し場所を発見するのでした。「こんなの見つけたよ!」と駆け寄ってきた子の手にはエゾシカの冬毛。子どもたちの観察の鋭さに驚かされました。ひとしきり思い思い遊んでさあ、帰ろう。再びトドマツ林を抜けて戻る途中、両手で抱えるほどの丸い石を発見。コロコロと緩い傾斜を押して転がしながら帰りました。
 自然の中に入った時の心浮き立つような喜び、驚き、好奇心。そうした自然と触れ合う上での原点とも言える心を、最初の授業で子どもたちは見せてくれました。そんな子どもたちの心を大切に育みたい、そして、自分もそんな心をいつも忘れずにいたい、と思わせてくれました。子どもたちに感謝!
勝部武志

# by bridge-since2008 | 2010-05-07 16:21

~春休みは作業~

 これまでいずみの学校の歴史の中で、春休みに何らかの改修・改築作業のなかった年はあったでしょうか。校舎を建てた年もありました。引越しをしたのもしばしばです。学校の発展のスピードに比例して、中の動きも留まるところがありません。
 さて、この春休みにも作業がありました。今回は、高等学園の寮を造る作業です。学校への問い合わせで、「高等部」に転入したいという希望のあったとき、常に困ってきたのは、家族は別のところに住んで生徒だけ来ることはできないかということに対する返答でした。年齢的にはそのようなことがあってよいのですけれども、設備がありません。いつも、下宿させてくださるご家庭を探すことになります。しかし、そう簡単には見つかりません。時間がかかります。幸い、いくつかのご家庭で現在も何名かの生徒達の下宿を引き受けてくださっています。それでも、寮があれば、という思いは常にありました。
 そこへ昨年度、須藤建設さんから、豊浦町の会社の二階を寮として使わせてくださるとのお話を頂きました。一般の学生寮のようなところと契約するという考えも以前ありましたが、なかなか進められず、寮を持つことができるなら、これに勝ることのないありがたいことです。
 二階の広い一室を三つに区切り、壁とドアをつけ、床板貼り、電気関係の整備をしていきました。次々と部屋が別の部屋に変わっていく様子が不思議で、できてくると、以前から部屋がそのようだったとの錯覚に捉われます。部屋を区切るための細かい材木のミリ単位の長さの計算や、材木を組み合わせるための切れ込みの作りには驚嘆しました。私事にわたって恐縮ですが、私は体調が昨年度からあまりよくなく、体を使って大地との関係を深くせよと言われていました。物は正直です。作業中、これを実感しました。失敗したり怪我をしたりするのは、全て扱う人間側の落ち度です。物に備わる性質や法則に従わなければうまくいきません。観念を扱う場合には、こちらの「わがまま」が知らずに入り込んでも気が付かないことがあります。作業は確かに健康によく作用しました。3年生の「家作り」の効果を身をもって確かめた次第です。道具の大切さも強く感じました。
 山城一郎さんと、現9年生のA・Yさんのお父さんとは、毎日朝から夕方まで作業にいらしていました。お二人だけの日もあったと思います。壁紙貼りは、現8年生の石尾萌さんのお父さんに、電気関係では同じく8年生の佐伯太郎君のお父さんにお世話になりました。ときどきは生徒も手伝いに来てくれました。卒業生のジェレル君も来てくれました。建材を整えて下さった方や差し入れを下さった方等、たくさんの方のご協力をいただきました。心から御礼申し上げます。ただ一つを残して、美しい部屋ができました。
市川貴弘

# by bridge-since2008 | 2010-05-07 16:16

幾何学の発展 

 
9年生、6月の数学は基本作図を行いました(10・11年生は昨年)。その後、解析作図(物の設計図など)をほんの少ししました。
 古い幾何学への入り口というより、定規とコンパスによる作図で無理数が眼で確かめられること、手で感じられること。すなわち王道「解析幾何学」の頂きに登るためです。
 生徒はボクの意図を理解してくれ「今どの辺?」と数学山の合目を聞いてくれます。
さて、古い幾何学と書きましたが「ユークリッド幾何学原本」いわゆる「原論」の話をしましょう。
古代ギリシャのアテネにプラトンが創設したアカデミーがその始まりです。「幾何学を知らざるもの、ここに入るべからず」とアカデミーの入り口に刻んでいたそうです。約400年後、アレクサンドリアで有名なアルキメデスとともに勉強していたユークリッドが執筆しました。「原論」13巻からなっていて、前書きなど一切なく定義・公理・公準・定理・証明が続くのみです。
1巻は最初に点と線と面の定義から、次のように始まっています。

①点は部分をもたないものである。
②線とは幅のない長さである。
③線の端は点である。
④直線とはその上にある点について一様な線である。
⑤面とは長さと幅のみを持つものである。

 読むと分ると思いますが、その頃すでに三平方の定理から分っていただろう数式・集合による点・線・面のアプローチはありません。
その後、点からの距離を中心にアプローチした射影幾何学、ベクトル幾何学、図形を統合・分裂させた位相幾何学、そして点・線・面の行き来を自由にした微積分を中心と解析幾何学、どれもが「原論」にチャレンジする形で生まれ発展してきたような気がします。
その意味で「原論」は今も燦然と輝いています。
数学は芸術。亡くなられた数学者岡潔氏の名言です。数学の発展は多分にその時代の情緒・気分を映し出しています。先の原論による定義は、その頃の論理学の色彩が濃いものです。
シュタイナー教育に射影幾何学が取り入れられたのも、ゲーテ(本来数学者です)を始め思想家に影響を受けたものかも知れません。自分(点)と世界(面)の距離を測る・確かめる・慈しむ。情緒(恋とか)と情緒(愛とか)がフィットしたのかも。考えるだけでワクワクします。
噴火湾の眺望に例えて言えば、9年生はイコリ岬、10・11年生は駒ヶ岳が見える所まで登りました。9年生は難所を驚くほど易々と、10・11年生は振り返りながらちょっぴり道草を、そんな1学期でした。
 今年の豊浦も暑そうです。高等部のイチゴが、先生方の夏バテ防止の一助になればうれしいです。         
横田挺一

# by bridge-since2008 | 2009-07-24 10:33

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